東日流外三郡誌と日月神示の共通点

東日流外三郡誌と日月神示の共通点

日本には、古史古伝といわれている書物があります。

どれも正式な歴史とは認められていない、いわゆる「偽書」、つまり「ニセモノの歴史書」であると学会では認定されいます。

でも、本当にそうでしょうか?

その中に数%でもホンモノがあればいいなと思いながら読むと、案外おもしろかったりします。

 

東日流外三郡誌とアラハバキ神

今まで気にはなっていたものの、ついつい読みそびれていた、東日流外三郡誌。

ちなみに「東日流」で「つがる」と読みます。

津軽のことです。

津軽と言えば東北、東北と言えば青森、青森には何かあると思ってますから、いつかは読みたいと思っていました。

 

そんなとき、東日本大震災の発生をきっかけに、書店で購入したのでした。

今回はその「東日流外三郡誌」のあらすじを書いてみたいと思います。

ネットで探しても、わかりやすいものが見つからないので、残しておこうと思います。

とはいえ、東日流外三郡誌は古代から江戸時代まで、とても長い歴史が書かれたものですから、取り急ぎ、「古代」に係る部分だけ購入しました。

(それでも、2センチくらいある本2冊分です。。。)

そして、これを読んで真っ先に思った事は、日月神示の神とは、東日流外三郡誌の言うところの、アラハバキなのではないか!?ということです。

何年も前に東北・北海道に一人旅に行った時の目的の一つが、このアラハバキのルーツを探る!というくらいでしたからね。

 

東日流外三郡誌の古代編の要旨

古代編の2冊を、本当にざっくりですが、まとめますと次のようになります。

 

・古代、北海道は日高の国、東北地方は日高見の国と呼ばれていました。

・日高見の国の中でも、北の方は東日流(津軽)と呼ばれていました。

・大昔、そこにはアソベ族という人種が住んでおりました。

・そのあとツボケ族がやってきてアソベ族としばしば争いになりました。。

・両族とも山や海での狩猟生活が主で、次第にツボケ族が優勢を占めるようになりました。

 

・その頃、邪馬台国は広くゆるく日本を治めていました。

・邪馬台国とは、元々、大陸から見て「ヤンマオタイ」つまり、葦の生い茂る大地の意味だったそうです。

・ある時、日向の国に我こそは天神の子孫と名乗る南蛮からやってきた一族が現れます。

・その一族は大麻と女で敵を懐柔し、日向の国を治めていた猿田彦を配下に治めます。

・その勢いは止まることなく、出雲の一族を買収し味方につけ、ついには大和まで攻めてきます。

・この一族の長が、あの初代「神武」です。

 

・大和の国のアビヒコ、ナガスネヒコはこれを向かい打ち、神武の兄、五ツ瀬などを討ちますが、ついには敗れます。

・敗れたアビヒコとナガスネヒコは日高見の地で合流し、この地を新たな故国として移住します。

アソベ族とツボケ族は、アビヒコとナガスネヒコに討伐され仲間となります

さらに大陸から高度な技術を持った一族が漂流してきて仲間になります

・この段階で、かれらは自らを「アラバキ族」と名乗り、日高見の国を長く治めることになります。

 

・高度な技術で戦力を増したアラバキ族は、邪馬台国を取り戻さんと何度も南下し日向族を追いやります。

・その結果、国はまとまらず、神武以降、欠史8代となってしまったそうです。

・その後、朝廷はアラバキ族を「蝦夷」と呼び、幾度も討伐部隊を送るようになります。

・討伐部隊の長を征夷大将軍と呼び、その呼称が江戸になるまで用いられます。

・朝廷軍は何度も襲ってくる割に、毎回ほとんど戦果はなく、徒労に終わります。

・歴史では坂上田村麻呂が蝦夷を打ち破るとありますが、実際には城を作って討伐もせず帰っていったそうです。

・そして日高見の国は十三湊を中心に大いに他国と貿易をして栄えたそうです。

 

アラハバキ神と日月神示

ところで、日月神示では、ウシトラのコンジン(金神)が、この世の大本の神であると言っています。

ウシトラとは東北の方角のことで、金神とは地面の神様です。

自分も子供の頃、むやみに地面に深い穴を掘ったり、立ちションしたりすると「金神さんに怒られるよ!」と親からよく怒られたものです。

しかも、東北は古代は金の産地で、その金に魅かれて藤原氏がやってきたともいいます。

つまり、ウシトラのコンジンは、まさに、金の産地の神、東北の金神なのです。

そしてそれはつまり、東日流外三郡誌に出てくる東北の「アラバキ族」の神である「アラハバキ神」なのです。

ちなみに日月神示ではコンジンは崇り神としています。

祟る神です。

日月神示で言うところの神代、罪のないスサノオを根(北)の国に押し込めた話は、まさに、アビヒコ、ナガスネヒコの話と重なります。

よくも日の元の国をここまで乱してくれたな、という部分は、アビヒコ、ナガスネヒコの言葉のようにも聞こえます。

このような見方からも、アラハバキ神というのは、やっぱり北に追いやられ恨みをもったアラバキ族を象徴した神、つまり、ウシトラのコンジンのことなのかもしれません。

 

そしてこのアラハバキ神ですが、西日本の神社では門客神としてまつられている事が多い神様だそうです。

つまり、「主神」ではないんです。

神社の本殿ではなく、横っちょとかの小さいお宮に祭られている感じなのです。

もしかしたら、元々はアラハバキを祭る神社が、いつのまにか朝廷に縁のある神に置き換えられたのかもしれません。

または、元々の統治者であったアラバキ族を、一応リスペクトして配置したのかもしれません。苦笑

どちらにしろ朝廷の力が大きくなるにつれ、古代からの敵であるアラバキ族の歴史そのものが徐々に抹殺されていったようにも見えます。

 

神社には本来のカタチがある? 沖縄の家なの!?

この神社に関して、日月神示では「鳥居はいらん〆縄はいらん」、と言っています。

まるで神社を否定しているようです。

神社から鳥居としめ縄を取ったら、ただのお社(おやしろ)です。苦笑

それが本来の姿なのでしょうか。

 

いや、もしかしたら、アラハバキ神を、神社のトレードマークである「鳥居と〆縄」で縛りつけて、封印しようとしたのではないでしょうか。

だから、封印の象徴である「鳥居やしめ縄はいらん」と言っているのかもしれません。

でも狛犬はどうでしょう。

これは犬というより獅子であり、日本に元からいる動物ではありません。

狛犬は日月神示では否定してないので、OKなんでしょうか?苦笑

狛犬と社だけOKだとすれば、これって、沖縄の民家みたいです。

狛犬もシーサーも由来が同じ説もありますからね。

沖縄の家って、シーサーが1対置いてありますよね。

沖縄ってのは、日本列島にいる古来からの民族で、北のアイヌ民族とも特徴が少し似ています。

アイヌも、もともとは日本全土にいた可能性もあるとされています。

実際、アイヌ語の地名が日本各地にあります。

うーん、なにか関連性があるのでしょうか、謎は深まります。苦笑

 

さて、最後に、東日流外三郡誌は、古文書というよりも、各地に残るの伝承を集めて江戸時代くらいに書かれた本です。

ですので、所々に古事記や日本書紀批判などが出てきて、かなり東北目線な本です。

その辺りは注意して読む必要はありますね。